6月 2011
4件の投稿
とりあえずとーめーになるには
せんせい。世界がこわいです。 ぼくのまわり、おかあさんのまわり、おとうさんたちのまわり、にっぽんのくにの
ぜんぶがおそろしいです。
なので、にげたいので、かくれたいのでとーめーになるほうほうをおしえてください
とりあえずとーめーになったら、だれも気づかないし、かくれてもかくれなくてもいいって
おねぇさんが言っていました。
どうしたらとーめーになれるですか?
せんせいは言いました
「あら、ふつうにしてたらあなたはじゅうぶん透明よ。」
でも、せんせい、ぼくはほんとに見えなくなりたいんです。
「だいじょうぶよ、タカシ君、もう見えてないから。このまちのひとたちはいつでもとうめいになれるのよ。だって、みんながそれぞれにもってる色がみえるほど、めんどくさいこと言わないじゃない。だからね、ほとんど透き通っているのよ。」
へーそういうものなのですか。
...
やりたいこと
ねぇ、エロイーズ。 僕は君としたいことがあるんだ。 たとえ君が全身義足になろうと、僕が今以上に小さい人間になろうと やりたいんだ。 え?セックスみたいことかって? そうだね、そうかもしれない。 セックスみたいことかもしれない。 でも、ちょっと待ってね。 セックスみたいなことって言ってセックスするのと
愛を語り合う夜に体を交わらせるのと
それのどちらも他人の僕に簡単に語れる君にとって
一体何が違うのかな。 僕にはわからないな。 でも構わないよ。 あぁエロイーズ。そんな形而上学的にも成り得ない議論はいいから
はやくその平べったいところから抜けだして僕の真っ暗な部屋にきておくれ。
絶望と芸術
このタイトルで思い浮かぶのは、ヴィンセント
どこのヴィンセントかっていうとファン・ゴッホ
そう、画家のゴッホ 死ぬまで後世の自分の絵の価値を知らなかった人。 その実、本人はどうだったんだろうね。 自分のバンドが良いのに、一向にご飯粒も稼げない、ような悲しさで一杯だったのかな。 それとも それどころじゃない、充実と芸術のせめぎ合いライフだったのかな。 わからないけど。 僕としては、遠くで援助していたという実弟テオの存在が気になります。
ちょっと前にツイートした 「早くだれか作らないかな? 芸術を心から楽しんでいない人の顔が緑色に見えるメガネ」
なんともシニカルなcodymoonニヒリズムなんだけど 芸術が実は誰の前にもひらけた人生の栄養素みたいなものって定義からすると 一番不幸なのは、長い物にまかれて実は所在無げに芸術に触れる人、携わる人、相槌を打つ人。...
過不足無し
そうだそうだ。 「希望」は無くなるもんでも、無くすものでもない。 「希望」はときどき見えなくなるものだ。 でないと、やんわり自害します、って就活の面接でいうようなもんだな 君たちこんなにいっぱいあるじゃないか、希望が。
思いけり。